2018年頃、恐らくその頃。定かではないのだけど、リマスターをきっかけに死にゲーと名高いダークソウルに挑戦してみたことがあった。
結果は、ストーリー最初のムービーボス、鐘のデーモンに辿り着くこともできず、挫折。
いつかいつか、と思いながらソフトも手放して、 結局やらず終いになった。
クリアを自分に強制しないタイプのゲーマーなら、まぁまぁあると思う。
正直、始まり方も「え?」という感じ。
なんで主人公は囚われているんだ?急に鍵を投げ込まれて脱出したけど、急に降ってきたデーモンと戦わされたけど、急に鳥に掴まって別の場所に来たけど?一体何がどうして、それでどこへ向かえばいいんだ?
ダークソウルって、よくわからないし、すぐ死んでしまって経験値も貯まらない。だからレベルも上がらない。こんなので一体何ができるんだ、どうやって進めろって言うんだ?
レベルが上がらなかったら、こんなボス倒せるわけないのに、何をさせようとしているかもわからないよ。一体なんなんだ。
以上が、何年も前に僕が挫折した時の理由だと思う。前のこと過ぎて覚えていないんだけど、恐らくは。
そんな挫折をした僕に「ばかたれ」とは全く言えない。1年ダークソウルシリーズに打ち込んだ今でも、やっぱり難しい。ここを乗り越えてくれと言うのは、難しいと思う。
ダークソウルは、探索の仕方、次のマップの見つけ方、進む選択の仕方、それ全てが、他のRPGとは異なる、またオープンワールド探索とも異なる。
攻略を見ない限りは、常に身を削りながら探索、あるいは進行していく緊張感が続く。
特に1、1は、圧倒的に導線がわかりにく~い。
「ここって何があるんだろ」「ここって、通れるのかな?」、その好奇心と探究心の積み重ねで先に進んだ結果、意外な場所に通り道があったりする。アイテムがある。
その最たるものが、アルトリウスの紋章で黒い森の庭を抜けてシフと戦い、アルトリウスの契約を得てないと挑戦さえできない四人の公王……つまりは小ロンド遺跡だろうと、僕は思う。
なんだよ、深淵歩かないと辿り着けないって。意味はわかる。 意味はわかるし、気付きになるセンテンスもある。……あるか?
だけど、それが良い。センテンスやフレーバーテキストを読んでいなければ、何がきっかけで行けるようになったのか、出現するようになったのか、わからないような……だけど、それが良い。
自分の手で気付いた時の感銘はひとしおだ。
話が、昨年に戻る。
昨年、正確には24年の末。PS5を 買ったらやってみたいタイトルがあったんだ。
「エルデンリング」、エルデンリングが、僕のこれまでのゲーム観を変えてしまった。
「これは、どんなに困難な戦いでも、突破できるようにデザインされている」そのゲームバランスに恐れ入った。恐れ入って、繰り返し諦めないで挑戦を続ける内、それに熱中している内、200時間ほど掛けて、最初のエンディングに到達できた。
もう、その時の感動と言ったら。自分の中で脳の構造が変わったのではないかと思った。
「もしかしたら、難しいと噂のBloodborneもできてしまうかもしれない 。」
その通りだった。
このタイトルも本当に素晴らしい。何度でもやりたい。というかダークソウルの合間に息抜きでブラボやるくらい好き。あれが生抜きって、どうかしてるんじゃないか???とも思うけど、本当に素敵なデザイン、ゲームメイク。
そうして、そこまでやって、気付いたんだ。
「今、この経験値のシステムを理解しているのなら、昔挫折したダークソウルを、その時よりは楽しめるんじゃないか……?」と。
この時は、クリアを目的にはできなかった。
記憶の中でボッコボコのメタメタにされていたから。
正直言って、初見時は本当に何が面白いんだ……って感じだった。すまんけど。
意を決した。
PS5でダークソウルリマスタードを買って、始めてみた。
目標はアノール・ロンド。到達のあの美しいムービーが見れれば、クリアなんて無茶は言わない。オーンスタインとスモウに勝てる気もしなかったし、それで良いからやってみようと。
古いゲームゆえの操作感の違和、それから、やっぱり説明の無さで苦しんだ反面、過去の鬱屈が嘘のように楽しめた。
世界観のデザイン、BGM、碌にロードを挟んでいないにも関わらず脈々と繋がるマップの巧みさ。
振り回されているだけのように感じていた進行も、よくよく文脈を振り返れば理由がある。
また、進めない場合にも欠けているものがあるのだと、たった2本ゲームをクリアしていただけで、以前やった時とはもうまるで別の世界が見えていた。
挫折を機に目の前に掛かっていた霧が、さっと晴れたようだった。
憧れたアノール・ロンドを越え、王のソウルを集め、最初の火の炉に辿り着いた時にはもうきっと虜になっていたのかもしれなかった。
グウィンの疲れ果てた王の姿にとどめを差し、火を継いだ。事実上のクリアだった。
すぐさま、賛否両論のダークソウル2を始める。
その頃にはもう2も3も既に購入済みだった。
目標は1年で三作。でもきっとどれだけ掛かってもやらずにはいられないと思っていたから。
1とはもう別物と思いながら、人の台詞が多めであったりとか、デザインが別物だったりとか、部屋に入る時は必ず壁に隠れてる奴がいるとか。
疑心暗鬼。
2のテーマは、疑心暗鬼です。マップの何もかもを信じない!信じるな!まぁ、でも人間は信じられる。 その点は、RPGっぽかったのかもしれない。いや、ダークソウルはアクションRPGなんだけれども。
さて、2の目標は、あの悪名名高いアマナの祭壇だった。
正直、2はボスはさして問題じゃない。大体ガン盾で殴れば勝ててしまったし……
問題は、マップ。ダクソ2のボスはマップそのもの(?)
それを代表するようなマップだったな。アマナ。
今やっているので、当然最盛期の凶悪アマナではない。弱体化したアマナ。
だから「なるほど」で済んだのかもしれない。
慎重に一歩一歩殲滅しながら進むしか無い。配置はクソ(褒めて……はいないけど、面白いとは思った。ああ、こういうことをするのか、っていう方向で……)
そういうわけで、正直、ボスはね、ネズミの王の試練以外、ほぼデスらなくてね。
ただ、なんというか、2ってちょっと疲れる要素が多めだった。
集中しっぱなしというか、いやらしいマップがとにかく多くて。
なので、ここで一旦「3までに時間を取るか……」と思いました。
しかして、ブラッドボーンの2周目DLCへ向かう(?)
「なんだこの、DLC?含みを持ったマップは……テキスト最高!ボス、最高!強い!最高!月光の導き最高!マリア様最高最高!ゴースの遺子、多分50回くらい負けたんじゃないか? 最高~~~!!」
やっぱりDLCって最高かも、という気持ちで、ダークソウル1のDLCへ向かう。
アルトリウス。嗚呼、アルトリウス、本当に最高。
本当に最高。 一生メロっている。
ああ、この世界における深淵とは。この世界における魔術、呪詛、神とは、滅びとは。
何もかもが人間だったものを呑み込んでいく。呑み込まれたものをまた、主人公が討つ。
うごめく闇、その魂。
継がれ続ける火の中、この足下にあるのは何の痕跡か、何の屍か。そこには全て因果がある。
直接に語られはしないが、自分で繋ぎ読み解くことは、できる。
3の神髄はそこだと思いました。
いや、マップのつながり、ボスのバランスも素晴らしい。 これこそダークソウル最終作。
それにふさわしいバランス感覚だった。どのボスと戦っても面白く、また、強かった。
そして、そこに見え隠れする過去の世界との繋がり、ここまでやってきたんだという実感。
文脈を読むゲーマーとしては、ご褒美でした。 最大級のご褒美の連続。
そう気付いたのは、エルドリッチに暗月の女神グウィンドリンが喰われたこと、それがわかった時でしたが。
変わり果てたアノール・ロンドの景色と、女神として振る舞う彼と過去に戦った場所、そこに彼はいないこと、そして何より、エルドリッチ本体の姿。そしてBGMですか。
気付いた瞬間に、3を走りきらないとならないと思いました。
作り手がこんなにも要素を残しているのだから、拾いきらねばならないと。その上で、自分で解釈をして、最終作と向き合いたいと思いました。
目標にしていた無名の王も大変に素晴らしく、面白いボスだった。
過去作、そしてメッセージが特に盛り込まれていたのはDLCかな。
白面の説教者が言う通り、我々プレイヤーは作中の人物たちが闇に触れて破滅していく様、その姿と戦い、楽しんでいる。それは、まぎれもない、食餌の時間でしょう。
「闇を恐れるなかれ、我ら食餌の時だ」
これには、Bloodborneの狩人の悪夢を攻略していた際の気持ちの悪さ、貫かれるようなものを覚えました。
その一方で、呪術師や魔女の師匠方の言う通り、やはり「火は恐れるもの」なのだと。
それもまたメッセージとして残っていたので、こういうところが良いんだよなぁとしみじみしました。
戦闘として純粋に楽しかったのは、やっぱりゲール爺さんとの戦いでしたね!
あれは、すごく楽しかった。それから、何故あそこで戦わなければならなかったのか。
爺ちゃんの忠義心も感じた、良い戦いでした。
でも、ぶっちゃけゲールに勝てると思ってなかったんです、自分はゲームが下手だから。
それは無名の王に対しても、アルトリウスに対しても、なんですが……無事に勝ててよかった。本当に嬉しいです。
しかし、まぁ、余談ですが、パッチ。あれは、何回蹴落とされても憎めないわなぁと、思いました。
3、DLC、本当にパッチとの関係を見てもこれで締めくくるなんて、なんて粋なんだろうと唸るばかりでしたね。
デーモンの王子戦の場所に愕然としたのを含めても……
変わり果てた火継ぎの祭祀場はね、流石に泣いた。
DLCで燃え尽きた感があったんですが、双王子というか、ロスリックの声聞いて喜んじゃった。
あれグウィンドリンの声の方だよね!また弟やってるんだなぁと思って嬉しくなりました。
そのまま、「最初の火の炉」で、ラスボスと。
なんかねぇ、もう、王道ではあるんだけど、その王道を作りきった、しかも1と2とやって、それでも容易には勝てない作り方で……っていうのが、格好良すぎて。
格好良すぎたんです。何もかもが。面白すぎたんです。
寂しくてね、「これを終えたら、ダークソウルが終わっちゃう」と思って。
そう思ったら、自分の中でもストーリーを、文脈を考えてエンディング選ばなきゃならんと思いまして……
火を継がない選択をしました。
自分の足で歩き、探索し、そうしなければ進めないマップ。
物を得て、読み解き、考えなければわからないストーリーの奥底。
何度も繰り返し倒れて、 覚えて力にして、そうでなければ勝てない戦いの数々。
どれも一筋縄ではいかず、だからこそ、意識に強く残るし、心に残るんだと思いました。
およそ1年で3作無事に終えられて良かったです。
めーっちゃ楽しかった!!!名作だった!!
そして、この力で、再びエルデの王になる挑戦をしてみようと思います。
